ビッグボーイ蒸気機関車の重さは?
548トン1,210,000 lb
ユニオン・パシフィック鉄道のビッグボーイは、石炭と水を積んだ炭水車込みで約548トン。1944年製の最後の5両の公式な数字です。今も走る4014号機を含む1941年製の最初の20両は約540トンでした。ユニオン・パシフィック鉄道は、どちらも丸めて120万ポンドとしています。
548トン1,210,000 lb
ユニオン・パシフィック鉄道のビッグボーイは、石炭と水を積んだ炭水車込みで約548トン。1944年製の最後の5両の公式な数字です。今も走る4014号機を含む1941年製の最初の20両は約540トンでした。ユニオン・パシフィック鉄道は、どちらも丸めて120万ポンドとしています。
| 1944年製(4020〜4024号機)機関車77万2250ポンド+満載の炭水車43万6500ポンド | 548トン1,210,000 lb |
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| 1941年製(4000〜4019号機)4014号機もこちら。機関車76万2000ポンド+満載の炭水車42万7500ポンド | 540トン1,190,000 lb |
ビッグボーイは、ニューヨーク州スケネクタディのアメリカン・ロコモティブ社(ALCO)が、ユニオン・パシフィック鉄道向けに2回に分けて25両製造しました。最初の20両(4000〜4019号機)は1941年に納入。運転整備状態の機関車が76万2000ポンド(345.6トン)、満載の炭水車が42万7500ポンド(193.9トン)で、合計118万9500ポンド(539.5トン)でした。
最後の5両(4020〜4024号機)は1944年に登場しました。戦時中の資材統制で重い鋼材を使うことになり、炭水車の水も1000ガロン多く積めるようになっています。機関車は77万2250ポンド(350.3トン)、炭水車は43万6500ポンド(198トン)で、合計120万8750ポンド(548.3トン)。これがこのページの548トンです。ユニオン・パシフィック鉄道自身の資料では、どちらの型もざっくり120万ポンドとしています。
つまり今も走るビッグボーイ、4014号機は、軽いほうの1941年製で約540トンです。2024年9月に改訂された同鉄道の4014号機の諸元表にも、1941年当時の重さがそのまま載っています。英語版Wikipediaの4014号機の記事は合計121万8500ポンドとさらに重い数字を挙げていますが、ユニオン・パシフィック鉄道はこの数字を公表していません。
かなりの割合を占めます。最初の発注分の14輪の炭水車には、水が2万4000米ガロン(約9万850リットル)、製造当時の仕様で石炭が28ショートトン(約25トン)積めました。水は1米ガロンあたり約8.34ポンドなので、2万4000ガロン×8.34ポンドで約20万ポンド(91トン)。これに石炭5万6000ポンド(25トン)を足すと約25万6000ポンドで、満載の炭水車42万7500ポンドの約6割にあたります。
残る空の炭水車は約17万1500ポンド(78トン)。これは私たちが引き算で出した数字で、公式の値ではありません。国立鉄道博物館は石炭の積載量を32ショートトンとしており、ユニオン・パシフィック鉄道の4014号機の資料では水は2万5000ガロンです。現在の4014号機は石炭ではなく5号燃料油を燃やしていて、約6500米ガロン積んでいます。
ビッグボーイは、ユタ州オグデンとワイオミング州シャイアンのあいだのワサッチ山脈を越えて、戦時中の重い貨物を運ぶために造られました。国立鉄道博物館によると、炭水車1杯分の燃料で、3600ショートトン(約3270トン)の列車をオグデンからユタ州エコーまでの55マイル(約89km)の山道を引いていけたそうです。
引っ張る力は、動輪にどれだけ重さがかかっているかで決まります。1944年製のビッグボーイは16個の動輪に54万5200ポンド(247トン)をかけ、どちらの型も最大引張力は602kN(13万5375重量ポンド)に達します。それだけの重さでカーブを曲がれるよう、車体は関節式(連節式)になっていて、8個ずつの動輪が2組並ぶ4-8-8-4という車軸配置です。炭水車を含めた全長は約40.5mあります。
4014号機は1941年12月に納入され、103万1205マイル(約166万km)を走って1961年12月に引退しました。その後はカリフォルニア州ポモナで展示されていましたが、2013年にユニオン・パシフィック鉄道が買い戻してシャイアンに運び、復元。2019年、最初の大陸横断鉄道の開通150周年に合わせて運行に復帰しました。
現役の蒸気機関車としては世界最大です。2026年にはアメリカ建国250周年を記念して初の大陸横断ツアーを行い、東部ではノーフォーク・サザン鉄道の線路を走りました。3月29日にシャイアンを出発し、4月10・11日にサクラメント、7月4・5日にフィラデルフィアで展示され、約7145マイル(約1万1500km)を走って7月29日にシャイアンに戻りました。
炭水車を満載にした状態で、1944年製は約548トン(120万8750ポンド)、1941年製は約540トン(118万9500ポンド)です。ユニオン・パシフィック鉄道はどちらも丸めて120万ポンドとしています。
ユニオン・パシフィック鉄道の諸元表では、機関車が345.6トン、満載の炭水車が193.9トンで、合計約539.5トンです。1941年製の、わずかに軽い最初のグループに属しています。
よく名前が挙がる二大候補の一つで、もう一つはチェサピーク・アンド・オハイオ鉄道のH-8形「アレゲニー」です。同鉄道の資料では初期のアレゲニーは77万1300ポンドで、1944年製ビッグボーイの77万2250ポンドより約950ポンド軽いものの、77万8000ポンドとする説もあります。
25両のうち8両が現存しています。走れるのは4014号機だけで、残りの7両はセントルイス、ダラス、オマハ、デンバー、スクラントン、グリーンベイ、シャイアンで展示されています。
炭水車を含めて約40.5mです。ユニオン・パシフィック鉄道の諸元表では機関車と炭水車を合わせて132フィート9⅞インチ、Wikipediaでは機関車だけで約26mとされています。
最終確認:2026年10月3日